星野仙一 病気(膵臓癌)を患っていた!プロ野球界に衝撃が走った瞬間、あの人達は何を思うのか?

2017年1月5日、プロ野球界のみならず、日本中に衝撃が走りましたね。星野仙一元監督が、おそらく病気で死去したというニュースが飛び込んできました。膵臓癌を患っていたという事で、既にそのこと自体を知らない人もいらっしゃるかと思います。ですので、こちらの記事では、星野仙一監督の直近の状況をまとめてみました。


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星野仙一のプロフィール

2018年1月6日 9:50追記

星野仙一元監督の死因は膵臓癌であったというプレスリリースが株式会社楽天野球団から発表となりました。また、同時に、葬儀は親族のみで行う「密葬」の形式をとるという事のようです。

2016年7月に急性膵炎を発症してしまって、その時に「膵臓癌」であることが分かったそうです。

その時から闘病生活を送ってきましたが、昨年(2017年)の末に急に具合が悪くなり、最期はお昼寝をされているような安らかな表情で旅立たれたということでした。

下記には楽天野球団が発表しているプレスリリースを掲載させていただきます↓

報道関係各位

いつもご取材いただきまして、ありがとうございます。

株式会社楽天野球団は、星野仙一取締役副会長が2018年1月4日(木)午前5時25分に永眠されましたことをご報告いたします。

2016年7月に急性膵炎を発症したことをきっかけに膵臓癌であることが判明いたしました。

その後、体調に波はあったものの仕事に支障をきたすことなく過ごしておりましたが、2017年12月末より病状が悪化し、息を引き取られました。

最期は昼寝でもしているような安らかな表情でご家族に看取られて旅立たれました。

故人の強い意思に従い、葬儀は密葬にて執り行われます。

故人の意思とはいえ、大変お世話になった方々に対し、十分なご報告をせぬまま、この日を迎えてしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます。

人前では常に強気を貫いた「星野仙一」のスタイルを最後まで全うしようとしたことですので、何卒ご容赦ください。

息を引き取る直前まで「コーチ会議に出られるかな」と言っておりましたように、最後の最後まで野球に情熱を燃やし、野球に一生を捧げた星野副会長でした。

故人に代わり、今まで支えてくださった全ての皆様に感謝申し上げます。

尚、後日にお別れの会を予定しております。

詳細が決まりましたら改めてご連絡させていただきます。

誠に勝手ではございますが、供物、供花、弔電などはご遠慮させていただきますこと、ならびに、本件に関わる問合せ先は、株式会社楽天野球団としていただけますようあわせてお願い申し上げます。

引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180106-00000085-spnannex-base

星野仙一といえば、『闘将』という言葉もっとも適している表現かと思います。毎試合、闘志むき出しにして試合に臨み、微妙な判定、明らかに誤審と思われるような判定には断固たる態度で主審に向かって抗議をする。それは、選手への愛情表現。一生懸命練習してきた選手たちへの、監督としての役割を背中で語っているようにも思えました。

そんな星野仙一監督が2017年1月4日に死去されたと世間に公表されたのは、翌1月5日の深夜でした。

まだ死因は公表されておりませんが、生前、星野仙一は病気だったということが分かっております。病名は膵臓癌だったようですね。

名前:星野仙一
生年月日:
出身地:岡山県倉敷市
出身高校:岡山県立倉敷工業高校
出身大学:明治大学政治経済学部経済学科卒業

高校時代に甲子園出場経験は無く、そのまま大学進学となりました。元々は上京するのであれば早稲田、関西に行くのなら関西大学と心に決めていたようですが、当時の倉敷工業の監督・矢吹から「おれの母校に行け!」と言われて明治大学に進学することになったようです。

そこから六大学野球で23勝を挙げて、ノーヒットノーランの記録も樹立。大学卒業前のドラフト会議にて中日ドラゴンズから、1位指名を受けて中日入りを果たしています。

その後、プロ野球選手としては、通算で146勝を挙げました。選手時代は徹底的に「打倒巨人」を掲げていたことでも有名で。それは中日の監督に就任してからも変わらず、その闘志むき出しの姿は、巨人戦の時に、特に多く見られました。

乱闘シーンなどは今も脳裏に焼き付いております。

闘将・星野監督の直接的な死因は?↓


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星野仙一の病気は本当に膵臓癌?

そんな星野仙一元監督ですが、中日の他にも阪神、北京五輪日本代表監督、楽天の監督を歴任しました。意外にもその長い監督人生の中で、「日本一」の栄冠に輝いたのは一度きり。それが、楽天時代、2013年のことでした。

この2013年というのは当時の楽天のエース・田中将大投手がこのシーズンを最後にメジャー挑戦をするという、田中投手在籍最後の年でした。日本シリーズ最終戦での田中将大の起用。最終戦前日に160球を投げ込んだ田中を、日本シリーズ最終戦の「抑え」として起用し、試合を演出しました。

この起用に関して星野仙一は「田中の日本での最後の試合、チームみんなで、勝って送り出してやりたかった」と語っています。

この試合の事です。選手交代を主審に告げる星野監督の気合い。本当に圧倒されます↓

この時から既に持病の「腰痛」がひどくなってきており、翌年の2014年にはその腰痛がひどくなり、戦線から離れなければならない期間もありました。そして、日本シリーズを制した翌年の2014年を最後に監督を引退し、その後は楽天のシニアアドバイザー、株式会社楽天野球団取締役副会長に就任しております。

さすがに腰痛がそのまま死去の原因になるということも考えにくいので、やはり死因は膵臓癌だったのではないかと思います。

まとめ

まだ星野仙一元監督の正式な死因の発表はされておりませんので、新たな情報が入ってきた時点で記事を更新させていただきます。

改めてご冥福をお祈りします。

闘将・星野監督の直接的な死因は?↓


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